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金栗四三(日本マラソンの父)38

こんばんはGnaです。

 今日は、先日もお話ししました金栗四三さんの続きのお話をしたいと思います。
 前回のお話では、金栗さんが紫綬褒章を授章し熊本県玉名市の名誉市民に選ばれたお話でした、その後の金栗四三さんはどうなったかというと

 1972(昭和47)1月、金栗四三さんらは相談し、年寄りを集めて、順位に関係無く、健康のためのマラソンを開催するため、「熊本走老会」を発足し、初代会長に就任しました。

しかし、若い人たちも増えたので、「走老会」では都合が悪いということで「熊本走ろう会」へと改称しました。 

金栗四三: 消えたオリンピック走者

金栗四三: 消えたオリンピック走者

 

 晩年金栗四三さんは、熊本県玉名市小田で住みながら、故郷の小学校でマラソンを教えていたが、1983(昭和58)年11月13日に恩師の嘉納治五郎と同じ肺炎でこの世を去りました。

 その後皇室より従五位銀杯が下賜されました。

 また、金栗四三さんが生涯に走った距離は約25万キロ、地球6周と4分の1といわれ、金栗の残した有名な言葉として「体力、氣力、努力」がよく知られています。

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 今日のお話はここまでにしたいと思います。続きはまたお話ししますのでこれからも読んでいただけるとうれしいです。Gnaでした。