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金栗四三(日本マラソンの父)39

こんばんはGnaです。

 今日は、先日もお話ししました金栗四三さんの続きのお話をしたいと思います。
 前回のお話では、金栗さんが逝去されたお話でした、その後の金栗四三さんの影響ははどうなったかというと

 金栗さんのひ孫にあたる、蔵土義明はストックオリンピックから100年後の2012年、蔵土さんと熊本県玉名市市長がストックホルムに招待を受けました。ストックホルムオリンピック開催から100周年の記念イベントが開催されたのです。 

 マラソン大会前日の2012年7月13日、郊外に住むペトレ家のひ孫に当たるタチアナ・ペトレさん(当時38)宅を、蔵土さんが訪れました。タチアナさんは、100年前に疲弊した金栗さんに振る舞ったとされるシナモンロールラズベリージュースを用意されており、蔵土さんら訪問客に振る舞われました。 

金栗四三: 消えたオリンピック走者

金栗四三: 消えたオリンピック走者

 

  そして2012年7月14日、午後1時48分にストックホルムにあるオリンピックスタジアムから号砲が鳴り響き、約1万人の参加者が100年前と同じ時間でスタートし、ほぼ同じコースの40・1キロを走り抜けました。蔵土さんは曽祖父である金栗さんがつけた番号と同じ「822番」のゼッケンと日の丸を胸にスタート。その際蔵土さんは金栗が走ったコースを走り、そして見事完走したのです。

 途中蔵土さんは、午後3時5分、式典会場がある往路15キロ地点(金栗さんが倒れたのは折り返し後の復路25キロ地点で同じ場所)に到着。100年前の衣装に身を包んだタチアナさんは、蔵土さんを道ばたのテントに招き入れ当時と同じもてなしをしました。

「おいしかったです。ありがとうございます」と蔵土さんは勢いよく残りの道を走り出しました。

 マラソンコースは、高低差が40メートルと起伏のあるコース。蔵土さんは30キロ地点くらいから足がつりそうになり、走ったり歩いたりを繰り返しましたが、「誰でもフルマラソンは走れる、少しずつ距離を伸ばしていけばいい」と自分に言い聞かせ、スタジアムへ到着。大歓声の中、4時間25分1秒でゴールをしました。

 もちろんマラソンランナーではありませんので、選手のような記録ではありませんが、しっかり完走する走力があるのはさすがですね。 

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 金栗四三さんのお話はここまでにしたいと思います。また新しいレジェンドのお話ししますのでこれからも読んでいただけるとうれしいです。Gnaでした。